夜スペシャル・2

夜スペは将来にマイナス!


もともと、子供の学力レベルと親の所得は強い相関関係にあります。
学力の高い子供ほど、親の所得は高く、学力の低い子供ほど、親の所得は低いということです。
理由は、学力の高い子供ほど親の学力は高く、学力の低い子供ほど親の所得は低いからです。

学力と所得の間には、かなり明瞭な比例的な関係があります。
それは、医師、弁護士、会計士、高級官僚などの例を挙げるまでもありません。
学力、ないし学歴が、就職、就業に非常に有利に働いているのは明白な事実です。

したがって、学力の高い子供の親には、学校外の教育費に対してもより余裕のあることが通例です。
つまり、学力の優秀な子供の教育条件は、そうでない子供たちより整っているということです。
進学塾、教材、書籍、インターネットなど、ツールや媒体は豊富に用意されています。
彼らは、それらをより自由に、より十分に利用できます。
トップアップの条件、環境は揃っています。

逆に、学力の低い子供の親には、たいてい学校外の教育費に対しては余裕がありません。
学校外の教育費(塾の月謝など)を負担するとなると、学力の低い子供の家庭ほどそれは重くのしかかってくるということになります。

しかも、学力の劣った子供たちを主な対象とする私塾は多くありません。
あったとしても、極めて安価な授業料でサービスを提供している教室はまれです。
学力レベルの低い子供たちを中心とする私塾は、経営も難しく、淘汰されやすいと言うことも背景にあります。
ボトムアップの条件や環境は、貧弱といってよいでしょう。

したがって、学力の足りない子供は、ますます不利になります。
学校外に彼らをケアーするセーフティーネットを求めるのは、極めて難しいのが現実です。
学校で救われない限り、彼らは結局見捨てられることになります。

しかし、学力の不足した子供たちを放置することは、国民全体の学力レベルを落とすことにつながります。
それは、産業、経済にも大きなマイナス要因となります。
将来の社会の活力を阻害する条件も用意します。

優秀な生徒たちを特待、厚遇することは、精神的、心理的にもいい影響を及ぼしません。
選ばれなかった生徒たちは、見放された、見捨てられたという感情を抱くかも知れません。
当然、羨ましさや嫉妬心を覚えるでしょう。
不快感や憤懣、恨みを鬱積させるかもしれません。

大人たちに対し発言力のない子供たちは、表面上ははっきりとした反対の意思表示をしません。
しかし、心の底では、マイナスの感情、否定的な心理が芽生えることは確かです。
選ばれた子供たちとそうでない子供たちに、溝や壁ができてくることは避けられないでしょう。
意識の上でもにも、現実の関係においてもです。

また、自分の子供が、選ばれなかった親たちは本当に納得するでしょうか?
親の間にも、しこりやネガティブな感情を残すのは必至です。
表面上はどう繕うこともできます。
しかし、沸き上がる感情や考えを打ち消すことは出来ません。
濁ったマグマとして沈殿するかも知れません。

優秀な子供たちに対する選別教育は、格差拡大を容認し、弱肉強食を肯定するものです。
それは、長い目で見て、モラルハザードを拡大する危険を孕んでいます。
社会の荒廃や病理現象につながるということです。
少なくとも選別教育に、大人たちの温かさや思いやりは感じられないことは確かです。

確かに、毎日の教育の現場では、優秀な生徒に対する「吹きこぼし」が繰り返されていることは否定できません。
個人間の学力差の大きいことは、当サイトでも繰り返し触れて来ました。

しかし、もし彼らに対し、特別な計らいが行われるのなら、「落ちこぼれ」、「落ちこぼし」といわれる子供たちにも同様の救いの手が延べられるべきです。
それが彼らのためばかりでなく、将来の日本のため、社会のためでもあるからです。
公教育は、あくまで機会均等であるべきです。