■正当防衛で刑罰を受けるとは?-その1
昨年12月末、東京・上野駅で、プロボクサーが男性会社員(41)を殴り重傷を負わせて逃げるという事件がありました。
傷害容疑で逮捕されたのは、坂本大輔選手(26)です。
この事件では、相手が酔って暴行を加えた末の坂本選手の反撃による犯行であったことが明らかになっています。
最初に手を出したのは、男性会社員の方でした。
しかも、かなり危険で激しいものです。
坂本選手の反撃は、ほとんど正当防衛とも言えるものでした。
しかし、坂本選手は罰金50万円の刑罰を受け、現在は謹慎の日々を送っています。
彼は、自分の身を守るための行為により、それまで懸命に積み上げてきた努力と苦労の成果を失おうとしています。
前途ある若い青年は、人生を大きく暗転させようとしています。
男性会社員の蛮行がきっかけです。
では、どのような事件だったのでしょう。
やや長くなりますが、経緯を新聞より引用してみます。(朝日新聞、2月22日夕刊)
一部、中略、および変更があります。
「12月21日午後11時半ごろ、上野駅不忍口。スーパーライト級の日本ランカー挑戦試合をひと月後に控え、坂本選手は練習を終え、バイトに向かう途中だった。
警視庁の調べでは、改札付近で坂本選手と会社員がぶつかったのが発端だった。坂本選手を会社員が呼び止める。「バイトがありますから」と、そのまま行こうとした坂本選手を長身の会社員が改札を乗り越え、坂本選手の襟首をつかんで引きずった。
しばらくもみ合った末、坂本選手が相手を振りほどき、右拳で相手のあごを直撃…。一部始終を防犯カメラがとらえていた。
坂本選手は引きずり回されている間、取り囲んだ人垣から「この人助けてあげて」と声が聞こえたのを覚えている。手を引きはがした時、ビリッとジャケットが破れたような音がした。
見下ろすと、床にちぎれたネックレスが落ちていた。ボクシンググローブ形の銀色のペンダントヘッドは、7年前に交際していた女性からもらったものだった。
怒り、恐怖、「これ以上やられたら」。気がつくと相手は白目をむいてひざを落としていた。駅の外へ走り出し、タクシーを捕まえた。相手の容体は気にはなった。だが逃げた時も殴った時も、頭にあったのは自分の試合のことだった。
坂本選手は事件後も練習を続けた。5日後、会社員が1カ月の重傷だったことを新聞で知った。防犯カメラが記録した自分の姿も載っていた。
胃が痛み、39度の熱が出て練習を3日休んだ。1月5日の昼前、刑事が東京都豊島区の自宅に訪ねてきた。涙が一気にあふれ出し、「すみません」と頭を下げた。
留置場では後悔で眠れなかった。
デビュー4戦目で日本ランカー挑戦へと駆け上がった。お笑いの学校に通ったほどの明るい性格で、ファンも増えていた。打ち込まれてもダウンしたことはなく、忍耐強さに自信があった。そのすべてを自分の手で壊した。タイムマシンがあればと思った。
逮捕から11日後、略式裁判で罰金刑を受けた。暴行の容疑で書類送検された会社員は起訴猶予となった。罰金50万円は、千葉県から迎えに来た母親の真美子さん(62)が支払った。東京地裁の窓口でお札を一枚一枚数える後ろ姿を見て初めて、多くの人を、ボクシングを、裏切ったことに気付いた。また涙が出た。
現在は、日本ボクシングコミッションの処分を待つ。」
すれ違いざま、肩がぶつかるというのはお互い様のことです。
謝るなら双方とも謝るべきだし、それが面倒なら両者ともそのまま行き過ぎるべきです。
しかし、たいていはより良質な人間の方が謝ります。
それを相手に一方的に謝らせようとするのは、よほど出来の悪い人間のやることです。
長身の会社員は、坂本選手を呼び止め、襟首をつかみ引き回しました。
この時点で、会社員の行為は暴行罪に当たります。脅迫罪や傷害罪も加わる可能性が大です。
坂本選手は、「これ以上やられたら」という強い恐怖を覚えました。
坂本選手も男です。衆目の中で他者に蹂躙されることには屈辱感もあったでしょう。
身を守るため、危害をくい止めるため、思わず手が出てしまいました。
ただの一発です。
執拗に連打したわけではありません。
しかし、坂本選手の拳は、正確に男の顎を捉えました。
男は沈みました。
以下、次の記事で。