■なぜ、少女は父親を斬り殺したのか?
16歳の少女が、父親を斧(オノ)で斬り殺すという凄惨な事件が起きました。
概要は次の通りです。
「18日午前4時4分ごろ、京都府京田辺市、府警南署交通課の巡査部長(45)方で、妻から「主人が首を切って自殺した」と通報があった。田辺署員が駆け付けたところ、巡査部長が2階の寝室のベッドで、血まみれの状態で倒れており、既に死亡していた。返り血を浴びた専門学校2年の二女(16)が「お父さんを殺しました」と殺害を認めたため、殺人容疑で逮捕した」(9月18日、時事通信)
子供が親を殺す事件は少ないけれども、決してまれではありません。
このような親に対する残虐行為は、たいてい次のようなことが共通項になっています。
キーワードです。
1.親に対する報復。2.両親が不仲。3.暴力的仕打ちを受けている。
「親に対する報復」というのは、それまでの生育の経緯にあります。
少なからぬ親が、子供に対して、不適切な育て方をします。
それは、管理、干渉、支配、抑圧、放置、疎外などです。
つまり、親の愛情の欠落です。
親は本当に子供を愛してはいません。
形だけの愛です。世間体のための愛です。自己中心的な愛です。
要するに、本当の愛ではありません。
このような育ちを受けてきた子供は、親に対する怒りや憎しみを溜め込みます。
病み、荒れ、歪んだ負のエネルギーを充満させます。ルサンチマンです。
子供の中のおよそ3割前後が、この状態にあるといってよいでしょう。
彼らは絶えず、むかつき、怒り、憤りを抱いています。
この少女も、「お父さんが嫌いだった」「お父さんがこの世から消えてしまえばいいと思った」
などと語っています。
このエネルギーは、いずれ吐き出されることになります。
標的は、身の回りの弱者か、親に対してです。
弱者に対する場合は、通常、いじめとなります。
親に対して放出される場合は、怒りと憎しみの対象への直接報復となるので、たいてい帳尻は合うことになります。
負のエネルギーは収束に向かいます。
しかし、弱者の場合は、根本的な矛盾が解決していないので、際限なく続くことが一般的です。
この少女の場合は、完全に親を標的にしました。
「両親が不仲」ということも、違法行為、犯罪行為を行う少年・少女に共通しています。
両親が信頼や愛情の絆で結ばれていれば、少年・少女の心が荒れ、歪み、劣化するはずはないからです。
両親の不仲ほど、子供を不幸にすることはありません。
子供は両親の確執、争いを間近にして、涙を流スト共に、怒りと憎しみを胸に充満させていきます。
現在、結婚件数に対する離婚件数の割合は4割前後に達しています。
仮面夫婦を加えれば、真の愛情関係を欠落している夫婦は、半数を大きく超えるでしょう。
これを考えると、多くの子供が心を荒らし、病み、歪ませていても決して不思議ではありません。
「暴力的な仕打ち」というのは、親に加虐的な行為があるということです。
殴る、蹴る、恫喝する、などです。
さらに酷い場合は、食事を与えない、タバコの火を押し付ける、風呂水に浸ける、縄で縛り屋外に放置するなどのことを行います。
しばしば幼い子供は、親の虐待のために命を落とします。
虐待されて死亡する児童は、確認されているだけで毎年50件程度に達するとされています。(→参照)
暴力的な仕打ちが、怒りや憎しみを充満させるばかりでなく、被害者に暴力性をも植え付けることは明らかです。
暴力を振るう人間は、ほとんど例外なく親から暴力的な加害を受けています。
幼い頃からの父親からの暴力的な仕打ちが、少女にオノを握らせたのでしょう。
文字通り、「目には目を、歯には歯を」を凄惨な形で実践してしまったわけです。
「(二女の)供述によると、父親と母親(41)は以前から夫婦仲が悪く、家庭内でしばしば口論になったという。二女は、そうした光景を目の当たりにしたり、父親から暴力を振るわれたりするうちに、父親を嫌うようになったと話している。また、最近では、父親が女性と頻繁にメールなどで連絡をとっていることを知り、不信感を募らせていたが、母親や長女(19)が父親をとがめようとしなかったため、さらに不満が強くなったという」(9月19日、読売新聞)とあります。
また、「二女が小学校高学年のころ既に「お父さんにたたかれる。嫌い」と同級生に漏らしていた」(9月19日、共同通信)といいます。
これらは、上で触れた少年・少女の親に対する加害についての仮説を見事に裏打ちしています。
「両親が不仲」、「暴力的な仕打ち」が親への残虐行為に結び付くということです。
勤務していた警察署の副署長は「寝耳に水で驚いている。まじめで明るくムードメーカー的存在。勤務は優秀だった。後輩からも慕われていた」と説明しています。
しかし、この一方で、同僚(52)は「自分の考えを譲らない頑固な人」と話しています。(9月19日、産経新聞)
後者に父親の本性があるのでしょう。
つまり、自己中心的だということです。下位の者に対しては、支配的で抑圧的だったと言うことです。
ただ、オノで殺すというのは、報復反応が過剰であり、異常性も感じられます。
何か、精神、脳に機能的、病理的な問題も抱えていたのでしょうか?
中学卒業後は、高校へ進学する生徒が圧倒的な中で、彼女が専門学校を選んだことにも、事件に結び付く何かがあったのかも知れません。
次女が昨年3月に卒業した同市立中の教頭は、「日常生活も極めてまじめで、おとなしいタイプ。3年の時は無欠席だった。1年で剣道部に入り、2年からは文化系のクラブにいて一生懸命出品などをしていた。卒業後は趣味に合った進路を歩んでいたのに…」と語っています。
近隣の女性も、「家の前などで会うときちんとあいさつをするような、おとなしい感じの子。小さいころから知っているが、父親に何かするような子に見えなかった」と述べています。
近所の男性(63)も「父親は朝、散歩で会うとあいさつをしてくれた。次女はおとなしい感じで、2人の仲は悪くないと思っていた」と語っています。
確かに、人の心を見抜くのは容易ではありません。
人間は、演技する動物です。最大の特性の一つです。
ジキル(紳士的な医学博士)にもハイド(残酷な男)にもなれます。
今度も、少女の心の内に潜み、うごめくものを誰も察知できませんでした。
差し迫る怒りと憎しみの爆発を誰も予知できませんでした。
そこに、このような問題の解決を至難にする大きな原因が潜んでいることは確かです。
それにしても、凄惨な大きな不幸が起きてしまいました。