■暴力的なタリバンは、信頼されうるか?
タリバンは、アフガニスタンの原理主義的なイスラム教徒の集団であると共に、政権奪取を狙った政治集団でもあります。
そのタリバンが、韓国人23人を拉致しました。7月27日時点で、そのうちの一人を殺害しています。
彼らはボランティアとしてアフガニスタンに入国していました。いわば、彼らの同胞である人々に対して、無償の救済活動をしていたわけです。
彼らに感謝し、敬意を払いさえこそすれ、暴力的な仕打ちをする理由は全くありません。
それなのに拉致し、危害を加え、生命を脅かしています。
彼らのこのような行動は、世界の多くの人々の反感と怒りを買うでしょう。そして、彼らに対する不信の念を深めます。それは確かです。
今や、テレビ、ラジオ、電話、インターネットなどメディア(情報伝達手段)は高度に発達し、情報は世界を飛び回っています。
結局、彼らの行動は、世界中に批判者、反対者、嫌悪者を増やすことになります。
もし、彼らが政権奪取を目指しているとしたら、それは決してプラスに作用しません。彼らの活動に逆風として働くでしょう。
仮に、政権を獲得したとしても、彼らの政権運営には、陰に日向に、いろいろな支障が生じてくるはずです。政権の維持は困難となるでしょう。
世界中の多くの人々に根深い不信感や反感がある限りそういうことになります。
彼らにとって得なことは、何もないはずです。ほとんど自己満足の領域に属します。
それなのに、敢えて残虐な暴力的な行動をする。
目先にとらわれ、長期的な視野、展望を欠落しているためでしょうか。
暴力的な加虐によって、自らの内に充満する怒りや憎しみを噴出しているだけのような気もします。単なるルサンチマン(憤怒、憎悪、嫉妬などの塊)というわけです。
そうなると、彼らは単なる暴力集団と区別が付かなくなってしまいます。
暴力団の肥大型でしかなくなります。
いずれにせよ彼らの暴力性は、人道や人権からは反しています。
何のために宗教があるのでしょう?何のために、政治はあるのでしょう?
手段のために暴力を行使するとき、そこには排他的なエゴイズムしか介在しません。
エゴイズムに支配されるとき、宗教も政治も、人道・人権の対極に堕するようになります。
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